2009年2月第4週のメッセージ
人の価値観、聖書の価値観
●聖書朗読箇所:ルカ11:1~4
「詩人テニスンは、「自然?それは血に染まった牙と爪だ。」と言いました。確かに、自然界は弱肉強食、強いものが生き残る世界です。ですから、進化論は現在の状況が世界の始まりから脈々と続いてきた結果、おびただしい数の死を通してより強いものが生き残るという力が原動力となって進化したと言います。
現代社会は進化論がパラダイム(すべての思考の土台)となっているのです。ですから、人の価値観は、強くならなければ生き残れないという感覚が支配しています。世界経済においても、企業も、あるいは個人も、競争力がなければ、淘汰されてしまう。自分で自分の存在価値(アイデンティティ)を造り出し、競争して勝ち組にならなければならない。これが、人が持っている価値観というものでしょう。
しかし、聖書はもともとこのような世界ではなかったと言います。最初、神(創造主)によって創られた世界は死がなかったが、最初の人アダムが創造主に反逆して離れた結果、死ぬ世界、弱肉強食、強者生存の世界になったというのです。
ところが、このようになってしまった世界に、まったく逆の価値観がひそかに持ち込まれました。なんとこの天地万物の創造者がこの堕落した世界に下ってこられ、身近にかかわった一人一人の必要を満たされ、さらに下ってこういう世界になった原因である人間の罪をあの十字架で処理されたのです。弱肉強食ではなく、弱者である私たちの人間のために絶対強者が下降の一途をたどられ、十字架でご自身を捨てられたのです。その方が私たちのアイデンティティを保っておられ、そして強者生存弱者衰退ではなく、全く逆の価値観を求めることを教えてくださいました。
縦の祈り(主の祈り):私たちのアイデンティティは主にある。
横の祈り(社会の祈り):身近な人の必要が見えたら主に求めよ。
(ルカ11:1~4)
私たちは、弱肉強食の世界で疲れてしまいますが、逆の価値観の世界で重荷をおろすことができる、そういう所が与えられているのです。
「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたし(イエス・キリスト)のところへ来なさい。私があなたがたを休ませてあげます。」(マタイ11:28)
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記)安井 亨 (バイブル&クリエーション)

