2008年12月28日礼拝メッセージ
「創造主が私たちの血族となられた」
●聖書箇所:Ⅰコリント15章45-49節
「創造主が私たちの血族となられた
人は自分のアイデンティティを探して生きています。それで自分の家系図を造る人もいます。しかし究極のルーツをどう考えているのでしょうか?多くの人はサルから進化したと考えるでしょう。クリスチャンと呼ばれる人の中にも自分のルーツがサルか、あるいはそうでなくても完全にアダムかどうかは分からないという人がいます。しかし、ルーツが何かと言うことは、私たちが福音にあずかる対象か否かの重要問題なのです。
聖書は、最初の夫婦であるアダムとエバの3人の息子、カイン、アベル、セツの名が記されています。カインはアベルを殺めたとあり、続いて彼の妻のことが書かれています。すると、彼女はどこから来たのでしょうか? しかし聖書は、創造主が最初に造られた人はアダムとエバの二人だけであったことをはっきり告げているのです。
全人類が一夫婦から始まったのなら、初期の頃は近親結婚で、少なくとも一度は兄妹間の結婚があったはずです。もし、カインが彼の姉妹と結婚したのでないなら、姪と結婚したはずです。その場合は、彼の弟が彼の姉妹と結婚していたということです。しかし、生物学的にも道徳的にも問題があり、謎とされていました。
それで、この問題をクリスチャンが説明できないとして、聖書を疑う懐疑主義が広がり、進化論の台頭がそれに拍車をかけました。進化論的な解釈が起こり、多くのクリスチャンはこの問題を避けるようになりました。それらの解釈の例を挙げましょう。
1)アダムとエバは進化して人間になったので、他にも同じ身体を持つものがいた。
2) アダムとエバ以外にも創造された人がいた。
3) 分からない。
4)創世記は古代の作り話なので現代科学から見れば矛盾がある。
ところが、聖書ははっきり告げています。アダムは‘最初の人’(1コリント15:45,47)、そしてエバは‘すべて生きているものの母’(創世記3:20)であり、すべての人はアダムの子孫であることは明らかです「神は、ひとりの人からすべての国の人々を造り出して・・・」(使徒17:26)。ですから、もし、アダムとエバの子孫でない人々が存在するなら、福音が論理的に崩壊します。救われる前提条件はアダムの肉体的子孫であることは、明らかです。イエス・キリストは‘最後のアダム’と呼ばれ(1コリント15:45)、私たちの‘血族の贖い者’です。これは、すなわち、神(創造主)の御子イエスが完全に創造主であると同時に完全に人となられたことによります。
世界中のすべての人は血族であり、イエス・キリストは私たちの血族となられ、同じ境遇を歩まれ、同じ血を流して救いを完成させてくださいました。隣の十字架にかかった人はそのことがよく分かったのでしょう。
ところで、今では、遺伝子の研究から、人類の初期では近親の結婚で生物学的問題がなかったことが分かっています、道徳的にもモーセ以前は律法の問題はありませんでした。カインは妹か姪と結婚したはずです。」
http://b-c.jp 記)安井 亨 (バイブル&クリエーション)

